ナスカの地上絵-それは古代世界が残した最大の謎です。ペルーの首都リマから南へ440km、ペルー南部海岸の砂漢地帯に800㎢もの広さ(東京ドーム1万7千個分!)にわたって描かれている巨大な大地の絵画は、1930年代にアンデス山脈を越えて飛んだ南米最初の飛行士たちが発見して以来、解けない謎だと言われてきました。 地上絵には大きくわけてふたつの種類があります。ひとつは、サル(長さ80m)やクモ(長さ45m)、種類がはっきりとわからない植物などの動植物の絵。もうひとつが台形、三角形、ジグザグ線などの幾何学模様。その中には砂漢を15kmもの長さにわたってまっすぐ貫く途方もない長さの直線もあります。巨大すぎて地上からは、ひとつの絵の全体も見わたすこともむずかしいのです。空からしかはっきりと見えないこのような大きな絵を、いったいだれがいつ、どのような理由で描いたのでしょう。

地上絵の仮説1:蜃気楼説

地平線までつづく長い長い不思議な直線を説明しようとした仮説に蜃気楼説があります。
砂漠では美しい湖の幻を遠くに見ることがあります。これはある気象条件下で空が砂漢に映りこむ現象なので、湖は実際にはそこに存在しません。だから行けども行けども湖に近づくことはできません。ナス力は1年間を通してほとんど雨が降らないカラカラの環境下にあります。この説では、地平線までつづくラインは、蜃気楼の湖から水を得ることを願った人が、幻の湖から水を引くためにつくった用水路だというのです。実際に幻の湖に用水路を届かせようとしたのではなく、神様が幻の水をめぐんでくださるのを願うためにつくられた、儀式用の用水路だったともいいます。これはおもしろい説ですね。でも実際には、なぜかナスカでは湖の蜃気楼を見ることはほとんどないと言う人もいます。でも「からからに乾いた土地ナスカでの水のための儀式」というのはなかなかいい考えかもしれません。

地上絵の仮説2:気球説

古代人が気球を空にあげたという説があります。
ナスカに住んでいた古代人は縫い目が細かなすばらしい布を織っていたことで知られています。ジム・ウッドマンという冒険家は、古代ナスカ人が目の細かな布で熱気球をつくって空を飛び、地上絵を空から見たのかもしれないと考えました。古代の布と同じような布をつくり、それで熱い空気を包んで、熱気球を飛ばすことに成功しました。私たちがセスナ飛行機に乗って楽しむように、古代ナスカ人も地上絵観光を楽しんだのかもしれませんね。では、熱気球に乗せられたのが死者だったらどうでしょう。地上絵は、気球に乗せた死者を天に送る時に、お見送りのために飾られた宗教的な絵かもしれません。すごくおもしろくて楽しい試みです。ただひとつ残念なのは古代ナスカで気球がつくられた証拠が何もないことです。ナスカの布で熱気球がつくれるからと言って、彼らが実際につくったかどうかはわかりません。ナス力人は土器に生活のさまざまな場面を描きました。ところがそうした土器には気球を描いたものはひとつもないのです。そんなすごいことをしていたのなら、どこかに自慢して描いてみたくなるものですよね。

地上絵の仮説3:宇宙人説

宇宙人が描いたという有名な説もあります。
フォン・デ二ケンという人がはじめて唱えました。あんな巨大で途方もない絵を描く技術を古代人が持っていたはずはない、だから宇宙人が私たちの知らないすごい技術をもちいて描いたにちがいないとこの人は言うのです。でもちょっと待ってください。たとえばこういう人は、少し前までエジプトのピラミッドも宇宙人がつくったなどと言っていました。しかし、今はエジプトのピラミッドを古代エジプト人がつくったことを信じない人はいません。というのは、研究により古代人でもしていた簡単な技術の組み合わせで巨大な建物ができることがわかってきたからです。地上絵も実は簡単に描けてしまいます。宇宙人説のおかしなところは「技術を持たないナスカ人」という思い込み以外の証拠がなにひとつないことです。

地上絵の仮説4:歩道説

次の図はナス力の地上絵を書き写したイラストです。これを見て何か気づいたことはありませんか?ひと筆がきで描かれていることに気づきましたか?実はナスカの動植物の地上絵のほぼすべてがひと筆描きで描かれているのです。サルの地上絵の尾は、外側から中心に渦を巻いて向かい、中心でUターンするとまた外側に向けて渦を巻くという複雑な描き方がされています。これを見ても地上絵をつくったナスカ人はひと筆描きを強く意識し、こだわっていたことがわかります。ひと筆描きーとぎれたり、いきどまりでは困るもの。ナスカ人はいったい何を表現したかったのでしょうか?ある研究者はつぎのような仮説をたてました。地上絵の線は、人が歩くための道だというのです。たとえばナスカが滅んでから700年ほど後のインカ帝国時代に砂漠でつくられた「王の道」とナス力の地上絵のラインは似ていると言う人もいます。

地上絵の仮説5:儀式説

最近 地上絵の上でなにかの宗教の儀式が行われた跡が発見されました。そこには豊かな水を運んでくると信じられていたウミギクガイという貝の貝殻も置かれていました。雨乞いの儀式に関係するパレードが地上絵の線の上で行われたのかもしれませんね。年間降雨量がほとんどゼ口という乾ききった亜熱帯砂漠。それが現在のナスカの人々が暮らす環境です。ナスカの人々は川に流れ込んだアンデス山脈の雪解け水を運ぶ川と地下水に頼って生きています。水は慢性的に不足していました。こうしたきびしい環境で、過去のナスカ人たちも作物を育て、水に恵まれるよう願う儀式の場として地上絵をつくったのでしょう。地上絵があるペルーのおとなりの国ボリビアの村でナス力のラインと似たような道を今でも使っている人たちがいて、彼らは楽器を鳴らしながらその道を歩き、山の神に雨の恵みを祈るのだそうです。

地上絵の書き方

ナスカの乾燥した大地には、表面が酸化して黒っぽくなった小石がごろごろと転がっています。この小石をとりのぞくと、その下は明るい色の目の粗い砂が隠れています。ナスカの人たちはこの大地の明暗を使って地上絵の線を描きました。黒い石を取り除いて明るい面を出すと、黒いキャンバスに描いたように線が引けます。小さな石を移動するだけの作業なので、たしかに長さ135mのコンドルを描くのはそれなりにたいへんでも、実は思ったほど労力は必要ないのです。それでは、あれほど巨大な絵をナスカ人はどのようにして正確に描けたのでしょう。それも実に単純な方法でした。クジラの地上絵を描いてみましょう。まず地上絵のモデルになる小さなクジラの絵を描いて、中心に杭を打ちます。そして、長いロープを用意します。仮に小さなクジラの7倍の絵を描くとすると、まず抗からモデルのクジラの胸ビレまでの距離をロープで測ります(AーBの長さ)。今はかった距離の7倍にロープを延ばして印をつけます(AーCの長さ)。次は尾ビレ、その次は口というように次々に中心の杭からの距離を7倍に延長して印をつけます。ある程度目印ができたらそれを結ぶと、元の小さなモデルの7倍のクジラの絵ができるのです。実際にこの方法を試してみるとなかなかうまくいきます。だれもが考えつきそうな小さな技術でナスカ人は途方もない絵を台地に描いたのでした。